閑静な住宅街にありながらも、緑豊かな自然が目の前に広がる、風の森保育園。窓からは、風にそよぐ葉の音や、野鳥のさえずりが時折聞こえ、自然の優しい音色が響く園内で、子どもたちは、それぞれの感性を育み、のびのびと過ごしています。自然とともに、さまざまな体験を通して、子どもたちの個性を尊重できる空間を目指した保育園のストーリーをお届けします。
「対話」から生まれる公共空間
地域の開かれた空間をめざして
風の森保育園からお話を伺ったのは2012年ごろ。もともとあった姉妹園の近くに、新たに保育園を建設しようとされていましたが、土地や資金面の問題もあり、なかなか計画が進まずにいたそうです。そんな折、色々なご縁で引き合わせていただく機会があり、提案したコンセプトを気に入ってもらえたので、スムーズにお話が進んできました。
しかし、建設する場所は、閑静な住宅街。日常、そしてイベント時に発生する音の問題や、送迎車に対する不安の声を受け、PTA総会や住民説明会を開き、地域の方々に5回以上、お話させてもらう機会をつくりました。
印象的だったのが、説明会当日に台風の影響で、悪天候に見舞われましたが、近くの小学校の教職員の方々や、近隣住民の方々がたくさん集まり、私たちの説明に熱心に耳を傾けてくれたことでした。参加された方々からも、貴重な意見をいただき、私たちもその声に耳を傾け、なるほど、そういう見方もあるのだと気づかされたことも多くありました。
保育園という場は公共の場ですが、人によっては「捉え方」「感覚」が異なります。たくさんの議論を重ね、意見を調整しながら、お互いの「折り合い」をつけていくことは、ただ設計するだけでは済まない私たちの「宿命」なのかもしれませんが、今回は、そんな社会的な問題が垣間見れた事例でもありました。
ひとつひとつ丁寧に「不安」と向き合う
住民説明会で保育園の概要や、工事についてわかりやすく伝えていくことで、近隣住民の方々からの理解を、少しずつ得られるようになっていきました。そして住民の方々の意見を受け入れ、この「対話」からあがった課題を、その都度設計に落とし込んでいきました。
その中でも送迎車へ不安視する意見を受け、その点を配慮する上で、南側に新たに送迎車専用の駐車場を設けることに。
大きくプラン変更し、南側にある土地の地権者に連絡をとると、その土地は広い土地ということもあり、その地権者の方が所有する土地と、市が所有する土地が混在する、権利関係が複雑な土地であることが判明。
さまざまな問題がありましたが、地権者の方とも交渉し、新たな駐車場の土地を用意することができ、ようやく計画の第一歩が踏み出せたのでした。
自然と共生する建物
クジラの親子が寄り添うような大屋根
建築は、意匠設計と構造設計の「想い」や「考え方」を共有することで、つくる建物の形は少しずつ変わっていくもの。
今回の設計は、構造設計者と初期段階から相談しながらつくり上げていきました。話し合いを重ねる中で、北西からの強い風を受けるこの土地で、ふきさらしの風から子どもを守るには、どのような設計にするか。お互いに考えを巡らせ、アイデアをかたちにしていきました。
その中で生まれたのが、風の流れを逃すような、上から下に風が流れていくようなイメージの2つの大きな屋根。そして2つの棟の中央に、風から守られるような中庭を設けることで、子どもたちの「外遊び」を快適なものにできるのではないかと考えました。
大きな2つの屋根は、それぞれ大きさが違い、親子のクジラが寄り添っているようなイメージでデザインしています。
この建物の設計をしながら、最終的には、構造がそのまま意匠となるような、構造=デザインのような建物を目指しました。
遊び心を散りばめて
「森」の入口に来たかのような、玄関まわり
青々と茂る植物で囲んだ入口看板は、まるで森の入口に来たかのよう。玄関前の真っ白な外壁には、錆びた表情が印象的なアイアン(コールテン鋼)のプレートと、その上にはビー玉(蓄光)をランダムに散りばめています。昼間に太陽の光を集めたビー玉が、夜に自然の明かりを放ち、暗くなっても、ゆらゆらと自然の光に包まれます。
正解がない「自由」な遊びの場
遊戯室へのアプローチには、階段とすべり台を設置しています。実は、すべり台の下にも子どもたちが入れるようになっていて、階段部分にのぞき穴を設けています。
うす暗い階段下から身を潜めて、向こう側をのぞくだけでも、子どもたちにとっては楽しい遊びの場。ちょっとした仕掛けを忍ばせ、子どもたちの自発的な「遊び」の発見を促します。
それぞれの部屋をつないだ、ダイナミックな空間
親クジラをイメージした大きな屋根の建物には、遊戯室と3〜5才児それぞれの保育室があり、各部屋に固定した仕切壁をつくらず、可動式の建具を設置しています。全部の建具をとると、遊戯室から保育室がつながり、ダイナミックな空間になるのはもちろん、年齢の違う子たちが、自然と交流できるので、子どもたちの社会性を育むことができるのではないかと思います。
それぞれの保育室の収納スペースも可動式のため、決められた使い方はなく、今後変化していく保育空間を、多様性のあるスペースとして使えるよう設計しています。その時々によって空間が変化するので、子どもたちの自由な発想力も掻き立てられます。
均質ではない、構造美の空間
この建物の中で一際目を引くのが大きな湾曲集成材の梁。長野県で木材の製造加工をされている、斎藤木材工業さんが加工されたカラマツ材のこの梁は、ダイナミックでありながら、どこか軽やかな存在感が、均質ではない、構造美の空間をつくり出しています。
この梁は一日に一本しか加工できないので、工期に間に合うか少し不安でしたが、どうにか間に合い、ほっと安堵したのを記憶しています。
また確認検査機関に申請相談する際、法規上混構造と解釈され、さまざまな議論を重ね、鉄骨(丸パイプ)の中に木材をいれ単柱を設置することにもなりました。構造的にはかなり複雑な計算が必要になり、たとえば地震が起きたとき、建物の揺れ方はどうなるのか、耐震面の問題など、結果的に難易度の高い構造になりました。
しかし、木材だけではなく、鉄と融合することで、鉄のすっきりとした良さが引き立ち、無骨になりすぎない仕上げになっています。
楽しみながら「自立性」を育む
遊戯室には、カラフルなボルダリングや、元気に走り回れる二階部分のキャットウォークなど、子どもたちの冒険心をくすぐるアスレチックをたくさん設置しています。二階にのぼる網には、登山に使うザイルを編み込み、デザイン的にも他にはないものになりました。またキャットウォークの下の梁も構造体になっており、下から見ると構造体の美しさを感じます。
二階部分のランダムな窓は、「額縁」となって、空の景色を絵画のように楽しむことができます。子どもたちが空を眺め、浮かぶ雲にいろいろな形があることや、風に流されて動くことを、不思議と思うようです。また太陽の光が降り注ぎ、影ができる部分も均一ではないので、子どもにとって飽きのこない、楽しい自然の遊びかと思います。
また、二階部分にも各部屋につながる仕掛け扉があり、大人用のドアと子供用のドアで仕切られています。通路には安全のため柵を設置するということもできるのですが、子どもたち自身で危険を感じ取り、その「体験」を通じて、大人が教え込まなくても、自分の身を守る力を身につけます。小さな危険を察知することで、大きな事故を防ぎ、子どもたちの危険察知能力を磨けるのです。
自然の心地よさと共に、豊かな感性を育む
一緒に時を刻み、変化する素材
強い風から子どもたちを守る中庭では、自由に遊び回る子どもたちの姿が。楽しそうな声につられて、みんなで外遊びを楽しんでいるようです。中庭のデッキ部分につながる窓は、掃出し窓になっているので、出入りがしやすく、外と内の連続性を感じられます。
中庭の外壁には、耐久性に優れたレッドシダーを使用し、年月が経つにつれて変化する、木材の豊かな表情を楽しめるのが特徴です。また外壁を留め付けるのに選んだのは真鍮の釘。レッドシダー同様、経年変化によって、表面が味のある表情を見せてくれ、壁と一緒に時間が経てば経つほど、その素材の「良さ」が増していきます。
また、軒先には散水ミストを設置し、夏の外遊びを気持ちよく過ごせるよう配慮しました。
「森」にいるような開放感
子どもクジラをイメージした屋根に位置する乳児保育室は、ラチス梁が印象的な開放的な空間。まるで森にいるような感覚になるのは、2本設置した丸太柱の影響かもしれません。この丸太柱は、構造体ではなくデザインとして取り入れ、可動式になっているので、シチュエーションに合わせて移動することもできます。子どもたちが登ったり、物をかけたり、使用する用途はさまざまです。
照明は、梁部分に沿うように設置したものと、涙のようなデザインが特徴的なペンダントライトにこだわりました。部屋全体を均一に照らそうとすると、明るくなりがちですが、そういった意図しない光は極力控え、やさしく温かみのある光で、子どもたちを包み込みます。
子どもは天井を見上げることが多いので、照明の高さにもこだわり、視覚的にも心安らぐ空間としています。
また、すべての部屋の床や腰壁、建具、家具には木材を使用し、自然素材に日常的に触れることで、木の温かみや風合いを感じ、子どもたちの感性を育む空間になっています。
子どもも、大人も心地よい園舎
トイレ空間を、もっと身近に
それぞれの空間を、子どもたちの背の高さくらいまでの壁で仕切った、ドアのないトイレも特徴的です。天井はつながっていますが、使用しているときに子どもたちが視線を合わせることはないよう配慮しています。
明るく、楽しい空間を目指したトイレは、窓から差し込む太陽の光で明るく、開放的な雰囲気。子どもたちがトイレを身近に感じ、抵抗感なく入っていけるかと思います。また、入口のドアは窓になっているので、中の様子を保育士の方々が確認するのに便利です。
男子用のトイレも平面にせず、アーチ型に配置し、子どもたちにとってトイレが楽しくなるようなデザインを心がけました。
子どもたちの「存在」をそっと見守る
職員室は、大きさの違う丸テーブルを2つ配置し、いわゆる「事務室」らしさがない空間に。二階に位置しているので、窓から中庭で遊ぶ子どもたちの様子を見守れる設計になっています。子どもの存在を感じながら、楽しく仕事ができるかと思います。
自然の力を体で感じて
広々とした園庭で元気よく走り回る子どもたち。西側にはできるだけ木々を植栽し、金木犀とモッコウバラでできたトンネルは、北西の風から子どもたちを守ります。
土でつくったシンプルな築山の奥には、ゆるやかな芝生の斜面があるため、その下の側溝は子どもたちが転がっても大丈夫なよう、ゆるやかな側溝に仕上げています。
地域に溶け込み、ゆるやかに繋がる
光や風を感じながら、木の手触りや香り、ぬくもり、子どもたちの五感を育てる自然素材に囲まれた園舎が完成し、多様性のある空間で、子どもたちは、自立性を育みながら、すくすくと成長しています。
「地域に見守られ、ふれあい、愛されることで育つ」ことを大事にされている、風の森保育園の理念に基づき、いずれは地域の方々が会合などで使ってもらえるよう、一時保育室に開放スペースを用意しました。腰掛け椅子の下には、足元をゆるやかに暖めるよう、暖房を隠して設置しています。
園舎を夜に訪れ、南側の駐車場から保育室を眺めると、オレンジ色の光がふわっと辺りを包み込み、地域の方々もあたたかみを感じられているのではないかと思います。
子どもも大人も、居心地よく、身近な地域のふれあいの「場」となる空間になっていけばと思います。
風の森保育園
・建築地/ 静岡県磐田市三ケ野
・構造/木造 地上2階
・延床面積/977.82㎡
・竣工/2015年3月