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はらっぱ保育園

子どもたちにとって保育園は、はじめて家族と離れて、自立していく場所。

「自分を力いっぱい表現しながら、仲間の中で育ちあえる子」を大切に、保育に取り組む「はらっぱ保育園」では、子どもたちが、たくさんの友達や先生と一緒に、さまざまな経験をし、大切な思い出を作っています。

子どもたちが過ごす園舎は、屋内・屋外のみならず、すべての空間を、大人が「管理しやすい」場とするだけではなく、子どもたち自らが「遊びたくなる」場をテーマとし、子どもたちのイマジネーションを掻き立てる、心地よい空間を目指した、はらっぱの園舎ができるまでのストーリーをお届けします。

方向性を見出す、綿密なコミュニケーション

さまざまな「想い」を詰め込んで

2016年春に、新園舎が完成したはらっぱ保育園。計画から完成まで約2年間、園の保育者をはじめ、保護者の方々から、ヒアリングや話し合いを通して「想い」や「夢」をうかがってきました。

今回の計画の設計期間は1年弱。しかし、実際に設計を始める前の期間の3年間は長く、過去に市に2度ほど公募申請を出していましたが、いずれも承認されませんでした。

そのため、前計画からお施主様とは多くの時間を共有してきたと思います。

公募されてから申請までは、かなりタイトなスケジュール。土地選定も1ヶ月と急ピッチで行い、市に施設整備計画申請書を提出したのは申請期限ぎりぎりのタイミングでした。

いざ承認されると、ここからまたスケジュールとの闘い。土地選びも時間がなかったことで、多くの課題とリスクを抱えたままスタートし、結局、設計で解決方法を探りながら、進めていかなければならない状況でした。

そして、姉妹園の2園の保育士の先生方や保護者の方々、法人理事、設計者で建設委員会を発足し、みんなで意見を出し合いながら、園舎づくりを進めていきました。

その中で多様な意見、考え方、価値観に触れながら、私たちも今までにない経験をさせていただくことに。

また話し合いを進める中で、保護者の方たちと交流したり、姉妹園の見学にうかがったりと、図面を描く前の時間がとても有意義に感じられました。

与えられた環境が「案を決める」根拠に

上書されていったコンセプトとそのプロセス

いよいよ新園の設計実務を始めることになりましたが、さっそく最初の難題が突き付けられることに。

なんと土地西隣が売却され、自動車部品製造工場が建設されるとの情報が入ってきたのです。同時期の開発という事で、理事長先生とともに急いで工場の経営者をたずねていきました。

そして、先方の設計者とも開発計画の要旨を確認し合いながら、今後の計画立案の中で、互いに歩み寄りましょうと話し合いをしました。しかし、工場から出る「音」の問題は避けられないので、配置計画は見直しを余儀なくされました。

音の問題はさらに続き、次に直面したのが車の騒音問題。敷地に面する北側道路は日中を通して車通りが多く、子どもたちにとってはこの騒音が活動の妨げともなり、対策をとっておかなければなりません。

今後建設される西隣の工場の騒音対策として、園舎との間に駐車場を配置することに。道路の喧騒を避けるために、既存の木々を生かしながら事務棟、厨房等を配置することで、建物の配置が面白くなってきました。

そうして、保育室棟、事務室棟、厨房、遊戯室と4つの建物からなった「集落」のような園舎が、木々の「リズム」によって構成され、平行な形ではない、分棟型の園舎の素案が出来上がってきたのでした。

既存の原風景を生かし、樹木もできるだけ残した計画

奔走した「木々を残す」ということ

もともと防風林だったこの土地には広葉樹や落葉樹と、さまざまな自然樹木が生えていて、雑木林のようでした。最初にこの土地に立ったとき、雑木林の原風景をできるだけ壊さず、この土地を生かした形で建物を計画できないかと考えていました。

また、どの木を残せるだろうと「木々を残すこと」を意識し、選定した木々を、図面上に描き込み、そこからの基準で建物配置を考え、造園家からのアドバイスも聞きながら、根の張り方までを想定し、建物基礎と重ならないように配置計画を進めていきました。

はらっぱ保育園のシンボルツリーでもある、コナラの大木。この存在感のあるコナラを残すために、庇(ひさし)を一部切り欠くことにも。落葉樹なので、同時に樋(とい)の検証も行っていきました。

しかし、雨や風対策、意匠性、施工性を考慮すると、建物の屋根や庇が複雑に重なり合い、バランスをとって検証していくのが容易ではありませんでした。

また、平面だけでは理解できない、おさまりが多いので、屋根の重なり具合を三次元CADで解析しながら一つ一つ確認していきました。

しかし、図面では成立してもいざ現場の施工はどうだろうと、常に不安と葛藤との戦いでした。

「自然」に寄り添った建築のかたち

それぞれ4棟の建物の屋根の高さの違い、大きく出た庇の重なり合い、これら4棟の建物に囲まれた屋根のかかるデッキ空間が、棟の間ごとに、子どもたちのイマジネーションを掻き立てる場として、半屋外空間を作り出します。

「廊下」という概念を払拭

園舎に囲まれている半屋外空間で、それらがつくる不整形なたまりの場は、子どもが自然に集まって来る「開かれた場」を期待しました。

「廊下のような、廊下ではない、外のような、外ではない場」

廊下がまっすぐではなく、広がっていったり、狭くなっていったり、少し隠れたりできる、このような空間は子どもが大好きではないでしょうか。

「廊下」という概念をなくしたことで、このあいまいな空間が、子どもたちの想像心を掻き立て、子ども自身が「遊びたい」という気持ちを感じる「場」としてもらえたら嬉しいですね。

どこか懐かしい、原風景が残る場所

子どもたちの「遊び心」をくすぐる

子どもたちの「遊び心」をくすぐる

水のかけっこをしたり、泥だんごを作ったり、水遊びが大好きな子どもたち。井戸を設置することで、水道代を気にせずに遊べるということはもちろん、暑い夏は、井戸水を活用した軒下からのミストで温度を下げることができます。

また、外の足洗い場は、蛇腹状の動く象の鼻のような蛇口になっており、遊びながら子どもたちが、足を洗えるような仕掛けになっています。

夏に、はらっぱ保育園を訪れると、子どもたちが気持ちよさそうに水遊びしていますが、冬も寒さにかまわず水遊びすることもあるのだとか。

夏に触れる水の感触や心地よさを「夏の思い出」として記憶してもらいたいと、「水遊び」の保育を大切にしているはらっぱ保育園さんらしい設備かと思います。

空間にリズムを与える「現し」の構造体

成長する子どもたちへ、さりげないメッセージ

天井の梁は、トラス構造を取り入れ、三角に見えたり、構造としての美しさを意識しています。

天井を見上げると、構造材が見える状態で仕上げる「現し(あらわし)」にすることで、開放感と、構造美を兼ね備える空間に。トラス(構造体)で屋根を支えているので、空間に広がりを感じられます。

「建物は何で支えられているのだろう?」と、子どもたちは頭で理解せずとも、無意識に感じ、そんな日常のありふれた空間が「教材」へと変化します。

園舎で何気なく眺めていた、三角で屋根が支えられてという不思議な感覚。いつか成長した子どもたちが、その感覚を思い出してくれたらなと思います。

その先につながる、新たな出会い

大分県日田市は、全国有数のスギの産地。小学校など公共建築をはじめ、大型の建物にスギが使われている建物が多く、木造の大規模建築を推進されています。

そんな日田市で、木構造工事、構造設計を手がける「木構造システム」さんに、河野(当社代表)が相談をしたのがきっかけで、現在に至るまで一緒にお仕事をさせていただくようになりました。

はらっぱ保育園は、木構造システムさんと一緒にお仕事をした、はじめての建物です。

通常、木同士を合わせる接合部は、金物が見えてくることが多いですが、木構造システムさんでは、表面上からはまったく見えない仕口を考案しています。

木の接合部に、全ネジボルトを入れて、エポキシ樹脂を注入する仕組みになっているので、ガタツキがなく、高い強度を持つ構造になっており、従来の工法に比べて「強度」「デザイン」の問題を解決し、大規模建築も可能にしてくれます。

「ものづくりはコミュニケーションから始まる」

ものづくりは、さまざまな人の知恵が集まってできるもの。この出会いを通して、私たちの木構造の考え方が大きく変わり、デザインの可能性も広がりました。

ほっと落ち着く、心地よい空間

素直な子どもの「感覚」を大事にすること

床には針葉樹のパイン材を使用。自然なままの無垢材を使用しているため、木の香りや温かみを感じられるのが特徴です。

子どもたちが素足で歩いても夏はベタつかず、寒い冬も堅木に比べ空気層があって、床のひんやりとした感覚を抑えられるため、心地よく過ごせます。

壁を含め内装には、子どもたちが触れることができる範囲まではできるだけ自然素材を採用し、肌から伝わる感覚を楽しんでもらいたいと考えています。

また、部屋の高いところ、低いところに大きな開口部をつくることで、風の通り道ができ、窓を開けると気持ち良い風が通り抜けます。そうすることで、夏場でも風が流れ、涼しく感じることができるのです。

木陰でいることが涼しいと感じるか、クーラーで涼しいか。感じることは「主観」であり、数値で管理することが「客観」になるのです。

私たちは、エアコンでコントロールされ過ぎた環境は、子ども本来の力を奪いかねないと考えています。ほんの少ししつらえを変えるだけで、機械が出しゃばらない、快適な空間に変化するのです。

照明については、基本的には暖色を採用しています。できるだけ照明器具を主張させないことが多いのですが、今回は天井が高いところもあるので、ペンダントタイプの吊るす照明を多く使用しています。

やわらかい光が部屋全体を包み、図書コーナーは教会のような印象をうけます。冬の夕方、窓からの柔らかいオレンジ色の光が、送迎のお母さんの心にも優しく照らしてくれるでしょう。

「遊び」と「構造体」の役割を兼ね備える

はらっぱ保育園の入口で出迎えてくれるのは、枝付きの丸太柱です。枝がついたままなので、子どもたちがよじ登って、木登りを楽しめます。

この柱は構造体としての役割もあり、通常210mm角サイズの柱があればいいのですが、子どもたちが集まって遊びそうなこの場所に、四角い製材があってもつまらないだろう、子どもたちに楽しんでもらいたいと思い、枝付き丸太柱を配置しました。

この丸太柱は、天竜林業研究会の木こりさんにお願いし、私たちも伐採に同行し、浜松市天竜区熊(くんま)の山中まで行きました。

山中で見た姿はたいして大きく太く見えませんでしたが、いざ建ってみると、予想以上の存在感が。今では子どもたちの人気の遊び場です。

のびのびとした、子どもたちの笑顔

子どもたちと一緒に成長する園舎

物怖じせず、自ら積極的にコミュニケーションをとってくれる、はらっぱ保育園の子どもたち。捕まえた虫を嬉しそうに見せてくれたり、元気よく丸太柱に登って見せてくれたり、新しい園舎で、子どもたちはたくましく成長しています。

まさに「自分を力いっぱい表現しながら、仲間の中で育ちあえる子」を体現しているようです。

また、風が通る気持ちのいい保育室や、デッキでのびのびと走り回ってるのは、この開放感のある園舎で過ごしてるからなのかもしれません。

園舎が完成してからは、保育室の壁に新たに吸音材を設置したり、防犯対策で門扉の追加したり、日陰対策など、少しずつ手を加えながら、園舎も子どもたちと一緒に成長しています。

保育園は子どもたちにとって、家族と離れて過ごすはじめての場所。保護者の方や保育士の方、保育に携わる方々の「想い」や「夢」を形にし、子どもの「目線」を大切にした園舎が完成したと思います。

はらっぱ保育園
・建築地/ 静岡県浜松市北区三幸町
・構造/木造平屋
・延床面積/931.63㎡   
・竣工/2016年3月

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